一柳 千秋 (Ichiyanagi Chiaki) ダンス(明石・神戸)/パーカッション担当
物心ついた時から盆踊りとピンクレディを狂ったように踊り続ける情熱は、誰にも止められず。 小学生の頃、マーチングバンドに入りたかったが、親の承諾が得られず断念→太鼓を叩く夢が、大人になってから、しかもタヒチで叶うとは・・・。
子供の頃から、「南の島」が大好きで、写真や本を集めまくっていた中、23歳の時に「タヒチ」について書かれた本の中で、初めて「タヒチアンダンス」の存在を知り、衝動に駆られる。
32歳の時にダイバーとして訪れたタヒチのランギロア島で、ようやく生のタヒチアンダンスを目にすることができ、ダンサーから呼び入れられる前に、自らダンスの輪に飛び込む。
数年後、ロサンゼルスでタヒチアンダンスショーを観た際にも、客席から猛烈にアピール。1回目落選。2回目リベンジ成功し、舞台へ。
「その道のものは その道のプロへ習え」
という信条のもと、いつか本場タヒチ人と繋がるその時まで・・・と、とりあえず日本のスクールを若干ジプシーしつつ、YOU TUBEでタヒチ人の踊りを日々研究しイメージトレーニング。虎視眈々と機会をうかがい続ける。→タヒチの新聞「la DÉPÊCHE de TAHITI」のインタビュー記事中でも、そのことについて触れられています!
そうこうするうちに、日本でも本場タヒチ人から習えるチャンスが増えてゆき、自らタヒチへ定期的に足を運ぶように。
機は熟し、世界中のタヒチアンダンサーの憧れである「Heiva I Tahiti」に日本からの輸入ダンサーとして現地チーム「Tahiti Ora(タヒチオラ)」から参戦するチャンスに恵まれ、2014年タヒチに渡航。「優勝」という最高のタイトルを手にするのみならず、現代タヒチアンダンス業界の数々の歴史を創り上げてきたTumata Robinson(ツマタ ロビンソン)女史邸で6ヶ月の間、住み込み付き人の如く公私共に過ごし、彼女の手腕とエッセンスを目の前でじっくり学ぶという最高の経験を積んで帰国。
パーカッションも、同じくTahiti OraのミュージシャンリーダーであるTetia Pater氏に師事。
年齢的には「遅咲き」そのもの。
長年のフィットネス経験(競技エアロビクス含め、入賞歴、全国大会出場経験あり)と臨床看護師経験から、カラダの仕組みや上手な使い方、心身の健康管理等が得意。
所有タイトル:
・2014年 Heiva I Tahiti
カテゴリー「Hura Tau」優勝(Tahiti Ora)
・2012年 Air Tahiti Nui ソロコンペティション
カテゴリー「Poe vai(40歳以上)」優勝
・2012年 Heiva I Osaka
グループオテア部門優勝および総合優勝(当時所属スクールにて)
チャームポイント:
タヒチ人達にも一目置かれている「情熱」と「腹筋」